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LUMINE meets ART
更新遅くなりました。
今新宿ルミネ店で開催されている
LUMINE meets ARTという企画に
参加させて頂いております。
以下詳細HP↓
http://lumine.ne.jp/lma2011/
私は新宿駅南口でてすぐの、
甲州街道沿いのルミネのショーウィンドウを
担当させて頂きました。
お時間ありましたら是非お越し下さい。
ASIA TOP GALLERY HOTEL ART FAIR @HongKong
Asia Top Gallery Hotel Art Fair に
AISHOMIURAARTS所属作家として出展致します。
会場は香港のマンダリンオリエンタルホテルです。
私も会場におりますので、いらっしゃる方は是非お立寄り下さい。
25th Feb - 27th Sun, 2011
Mandarin Oriental Hong Kong
ASIA TOP GALLERY HOTEL ART FAIR
http://ahaf.tistory.com/
ふみしめる

志の輔の落語が大好きだ。
良い顔、良い声、そして良い話し方。
このあいだ、運良く見ることができたので、
自慢してしまお。
演目はだくだく、がらがら。
やっぱり面白い。げらげら笑う。
特にガラガラの最後の畳み掛けには、
もう止めてくれよというくらいだった。
畳み掛けの為の前半の間は絶妙。
落語はこうでなくっちゃ。
しかし後半、打って変わって伊能忠敬を題材にした落語は
終止鳥肌が止まらなく、涙まで出てしまう。驚いた。
表情、動作、声の抑揚のみで
壮大なスケールの諸々をスムーズに、思い通りの切り口で
ごっそりこちらに持ってきてしまう志の輔師匠の腕はさすがスゴイ。
志の輔師匠を見ているだけで、
一緒に色んな時空へ飛ばされてしまった。
あの座布団は、ほんとにタイムマシーンみたいだ。
さて、師匠のおっしゃる通り、やっぱり伊能忠敬は
どこまで行っても理解不能な人物である。
人生50年と言われた当時、
伊能家の商人としての仕事を終えた忠敬は
55歳から命をかけて日本地図作りを始める。
どの教科書にも乗っている偉業。
しかしその地図には、
地図としての用途の有無関係なく
なにやら得体の知れない、
理屈や理性思考を飛び越えてしまう何かが
「モノ」として、あるようだ。
全然わからないけど、なんだか怖い。
怖いけど、なんだか知りたい。
いやていうかほんとに一体なんだか分からない。
プロセスも、コンテクストも、一見したら謎だらけ。
それが脅威です。
じゃあそれは一体何たるか、ということを、
志の輔師匠のフィルターから
一、人間としての目線で必死に考えさせられる時間だった。
何たるか。
そもそも忠敬は、驚くべきことに、
幕府に地図の測量を命じられた訳でもなく、
なんと「地球の大きさを知りたい」という願いを実現するため
天文方・高橋至時に師事し、測量・天文観測などを修め、
結果地図を作り始めるまでに至ったそうだ。
おじいさんが、地球の大きさだと、
というところにまず尻込み。
私は地理も地図も信じられないほど超苦手である。
そしていろんな人に多大な迷惑をかけているごめんなさい。
だから地図もそんなに好きではないし、なるべく避けてきた。
でも、志の輔師匠の落語を聞いて、
なぜ伊能にとって日本の地図を作る、
いや、測量するという行為が必要だったのか
最後のあたりでようやく分かった気がした。
伊能大図にはニッポンの技術力を大いに示せる誇り高き価値がある。
しかしそれとは全く別の次元で
イマジネーションから来る執念、
そこからの軌跡として圧倒的な力があるようだ。
伊能は、小さい頃からずっと星を見てきて、
歳を取り、仕事をやめて、それからずっと足下を見ることになる。
わたしは、彼の地図を作るまでの諸々が、
自分の足下の小さな断片から、
世界の全体をまるっとメタな視点で想像して
その中で、自分の位置を確認する作業に見えてならない。
それもとっても合理的なやり方で。
伊能の「分からないものがある」
という余白の部分の扱い方の上手さ、切実さが
また綺麗だなあと思う。
昔はきっと今よりもずっと見えない部分、
分からない部分への想像力の強度が
一般的に今よりも切実に高いはずだ。
自分の接し、属している様々な循環、回路の
ほんの一部を体験していく中で
その循環やら回路の全体像が
一体何であるか想像して余白を埋めて行くということは、
人が人であるためのとても健やかな道だ。
そうやって人はこれまで生きてきた。
これからだってそうやって生きて行く。
そしてそれが伊能にとっては、美しい地図だったということは
美術作品を作っている自分としては
それはそれはとても嬉しいことなのだ。
「伊能大図」は、幕府に献上された正本は明治初期、
1873年の皇居炎上で失われ、伊能家で保管されていた写しも
関東大震災で焼失したとされているが、
しかしシーボルトや海上保安庁海洋情報部、
国立歴史民俗博物館、国立国会図書館など、
ばらばらな場所からより集められ
今日、ひとまとめに残っている。
人は、記憶を享受、継承することが文化の第一にあって、
それを守るのか、破棄するのか、または全く別のベクトルへ導くのか
という選択肢を、みんながそれぞれ持っている。
どの記憶を継承していくかというのが一番大切な問いであり、
たとえ形式化、形骸化しても、継続継承するための形式の価値は尊い。
それは例えば地図である、だとかという内容、用途以上の
記憶や創造力を保った予期せぬ余白まで一緒に運んでくるから。
このように。
伊能忠敬の地図は、設計図に似ている。
美術作品の完成形というよりも、エスキースや骨組みそれ自体を
スケルトンの状態で見せつけられているようなかんじ。
ある意味超暴力的な図だと思う。
むき出しの複雑構造に膜や皮をかぶせるのは、守るため、使うため、
形骸化するため、継承してゆくためで、
その表層の一枚奥にある部分がいつも胸をときめかせるけれど
その表層と骨格が表裏一体になっているものが時々ある。
つまりレイヤーが圧倒的に少ないのに自立していて美しいという状態。
時々そんなものを見つけてしまうことがある。
伊能大図はなんだかとってもそれに近い。
彼は地図を完成させることよりも、
測量の為に自分の肉体、足を使って歩くことが
何より一番重要だったように見える。
星を見ながら地面を歩く、
その行為こそが忠敬にとって
生きるということにそのままダイレクトに繋がっている。
その軌跡自体が美しいから、出来上がった地図も当然美しい。
すごくシンプルにとても全うなことをしているので、逆に怖い。
だって、あるく、が、いきる、ってなんと格好いい人なんだろ。
そして、あんなに一度に何人も宿す
最高のシャーマンである立川志の輔が
最後まで伊能忠敬本人を宿さなかったということが
また泣けてしまう。
彼のアウトラインを強く深く何度も何度もなぞって
見えない複雑な支柱や骨組みを伝えることで
生身を浮き彫りにする。
落語の凄いところは、大衆に限りなく分かりやすく
人と人の対話でもって複雑な哲学的思考を
ものすごくシンプルに誘発したりしてしまうところ。
窓が限りなく大きくて、とても柔らかいのに
伝えたい軸がぶれないのがすごい。
わたしにはとても出来ない。
志の輔師匠の伊能忠敬への、
何年間も暖め続けて暖め続けて、もはや腐ってしまうよ〜
というくらいの深い愛情もよーく伝わった。
そういうことって、ある。
この春は佐原にいかなくちゃ。
落語で、した「つもり」になってしまいそうなことがいっぱい。
行った つもり 見た つもり
食べた つもり した つもり。
ーー
さて、
今日からは、香港です。
展示、成功しますように。
合間に、ハッピーバレーへも行けるだろうか。
会場はセントラルなので、歩けなくはない。のかな?
トラムにも乗りたいけど間違えそうで怖い。
伊能大図は本当に素晴らしいと思うけれど
やっぱり地図を使うのは苦手やもしれない。
せっかく故郷に一週間いることになるので、
自分を立ち返る期間にしたいと思います。
できれば両親も連れて行きたかったけど。。
ではでは、行ってきます!

